
『インセプション』 (2010年 米)
前作『ダークナイト』で「ほとんどCGには頼らない生の凄味」を見せつけてくれた、クリストファー・ノーラン監督の新作。
そして監督のみならず、脚本もノーラン自身が書いたオリジナルです。脚本の独創性、CGには極力頼らない・・・基本的にその姿勢は変わらないというところが、ハリウッドにおいて珠玉の存在と言えるかもしれません。
主演はレオナルド・ディカプリオ。
共演に、『バットマン・ビギンズ』の時とは違い今度こそ全編に渡って登場する渡辺謙、ディカプリオのチームに加わる紅一点にエレン・ペイジ、それにキリアン・マーフィやマイケル・ケインといったバットマンシリーズでの顔ぶれも出演。
あと、トム・ベレンジャーが出演しているのも何となく意外でした。久し振りに見かけた気がしたので。
何かと新しいアイディアを生み出すノーラン監督ですが、今回はとりわけ設定の作り方が凝っていると思います。
観た人の中には、理解ができず内容に付いていけないという人もいるけれど、ストーリー自体は別に難しいものではありません。
ディカプリオ演じる主人公のドム・コブは、他人の潜在意識(=夢の中)に潜入し、そこから秘密やアイディアを盗み出すことを生業としている男。
その彼が、サイトー(渡辺謙)という日本人の大企業経営者の夢に潜入して仕事を行うところから映画は始まるわけですが、コブのその腕前を見込んだサイトーは、自社のライバル企業を潰すために、半ば強制的に特殊な仕事の依頼をします。
その特殊な仕事というのは、ターゲットの夢に潜入してアイディアを盗み出すことではなく、逆に「植え付ける」というもの(これを作中では「インセプション」と呼んでいる)。
盗み出すことよりも遙かに難しいとされるこの任務に、コブは始めは断ろうとするものの、仕事を成功させてくれればコブにとっての悲願……訳あって自力では帰ることの出来ない子供達の待つ家に帰れるようにしてやると言われ、躊躇いながも結局引き受けることにする。
サイトーのライバル企業のトップは病に伏せっており、間もなく息を引き取るという状況だが、彼の死後はロバート(キリアン・マーフィ)という息子が後を継ぐことになっている。サイトーはこのロバートをターゲットにインセプションを行い、自ら会社を潰すように仕向けることをコブに依頼します。
コブ自身もインセプションはかつて一度しか実践したことがないため、今回の依頼を成功させるために、彼は世界中から有能な仲間を集めてチームを作ることから始めます。
このチームというのがそれぞれに一風変わった役割を持っていて、ターゲットに現実であることを錯覚させつつ、チームのミッションを成功させるために夢の中の世界を設計する「設計士」、夢へ潜入する時間や潜入中の安定性を左右するための鎮静剤を作る「調剤師」など、夢の中で仕事をするために必要な、様々な要素のスペシャリスト達で構成されています。・・・何だか、この設定だけで複数のエピソードが作れそうな世界観ですね。
小難しいと言われているのは、この夢の世界の設定だと思います。
まず、誰か一人の夢の世界に対して、複数の人間が入り込んで共有することができます。
その他、以下のような特徴があります。
・夢の中の世界はひとつではなく、複数の階層を作ることが出来るようになっている。簡単に言えば「夢の中で夢を見る。さらにその夢の中でも夢を見る」という具合に、深く潜っていく構造になっている。
・階層は、下の階層になるほど現実世界に比べて時間の流れが早くなる(夢の中では数時間の出来事だけど、現実世界では5分しか経っていない、というような状態)。
・上の階層で起きた出来事は下の階層にも影響が出る
・基本的に夢の中で死ねば目が覚めるだけだが、強力な鎮静剤で眠りに入った場合、夢の中で死んでも目が覚めずに虚無の世界に落ちてしまい、現実世界で目が覚めても心が戻ってこない・・・つまり廃人みたいになってしまう
・夢の世界の主が目覚めると、その世界は崩壊する(そこへ入っていた他人は同時に目を覚ますわけではなく、崩壊に巻き込まれる)
・「トーテム」というアイテム(コブの場合はコマ)を使って、自分が夢の中にいるか現実に戻ったかを確認することができる(コマが延々と回転し続ければ夢の中、回転が止まれば現実に戻ったということが分かる)
・・・みたいな感じです。
こういう設定が若干複雑といえば複雑なんですが、観ていて分からなくなるというような露骨に難しい描き方はしていないので、よほどボンヤリと観てでもいない限りは分かるんじゃないかと思います。そもそもこういうSF的な世界観が苦手な人には辛いのかもしれませんけどね。
ストーリーや世界観はそんな感じですが、ノーラン監督のアイディアを上手く実体化した映像も非常に見応えがありました。
わたくしはCGだの3Dだのといったデジタル映像技術にはほとんど興味がないというか、むしろそればっかりに頼っている映画だと、クロマキーの前で演技する役者の光景ばかりが想像出来てしまい、どんなにリアルなCGであってもゲンナリしてしまうんですが、『インセプション』の映像はちょっと観ていて新鮮でした。
さすがにこの映画は現実世界では有り得ない夢の中の世界を描いているものだから、CGを使っている映像も数多くあります。・・・けれども、それでもノーラン監督はCGには頼らずセットを作って撮影している部分も少なくありません。浮き上がってくる歩道橋や、上下がめまぐるしく入れ替わるホテルの廊下などは、メイキング映像がネットでアップされていますが、CGではなく実物のセットで撮影されています。
逆に、物理的にCGでなければ作れないような映像は、どれも観ていて面白味がありました。『アバター』みたいにファンタジーチックな世界だからCGというのではなく、エッシャーの作品のように、観ていて「どうなってるのこれ?」と思わず凝視してしまうような構造物を映像化しているわけです。現実味がありながら、でも現実には不可能な物・・・劇中ではパラドックスと言っている場面もありますが、それが不可思議な魅力があって「なるほど、これならCGだと分かっていても観ていて面白い映像だな」と思えたりします。
ストーリーの根底にあるのは、サイトーから依頼された仕事の中でちょくちょく混ざってくるコブの過去。
サイトーの依頼内容とは全く関係のない個人的なエピソードだけど、これが所々でコブを苦しめることになり、また仕事にも支障を来すことになります。
インセプションという行為が人間にとって何をもたらすか、夢と現実の違いは何か、そういった面での悲劇が絡めて描かれているのですが、虚構と現実の区別が付かなくなるというのは悲しいことですね。・・・というような話。
ともかく2時間以上に及ぶ大作だけど、何が起こるか分からない展開という面白味や、リアリティのある実現不可能な映像など、クリストファー・ノーランは可能な限りやりたいことをやり尽くしたんじゃないかと思います。
個人的には前々からずっと期待していた映画だったんですが、そういう映画は大抵の場合は「期待しすぎたな・・・」と観賞後に思ってしまうものです。でもこの映画は、本当に期待通りでした。
そしてこの映画の最後の1カットは、観る人によって二通りの解釈に分かれるであろう終わり方になっています。
こういう演出は人によっては嫌うケースが多いけれども、この映画の内容とテーマから考えると、あの終わり方は正しいのかもしれません。二通りのうち、どっちに捉えるかという以前に、わたくしはこの終わらせ方自体が相応しい結末のように思いました。
余談ですけど、どうしても同じ日本人として渡辺謙の出番が気になってしまうもので、序盤でとある展開が起きた際に「ああ、またここでサヨウナラですか?」と思ってしまったんです。
でも、さすがにそこはこの映画の世界観の設定で、上手いこと切り抜けて最後まできちんと出演していました。
インセプションの仕事に、依頼者のサイトー自身も最初からコブ達に同行するのですが(つまり夢の世界に潜入する)、チームとして何らかのスペシャリストであるわけではなく、立場としては仕事の遂行を直にコブ達の傍について見守る「観光客」です。
それでも、本当にただ傍にいるだけで何もしないわけではなく、それなりにチームと協力して行動しているので、出番は他の人物と同じく均等に割り振られていました。
これを機に、更にハリウッドで活躍してくれると嬉しいですね。
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とありますが、 逆では?
下の階層になるほど現実世界に比べて時間の流れが早くなる
現実世界では5分しか経っていないけど、
夢の中では数時間の出来事になる。
ストリーの中でも説明がありましたが、神経で全てが処理されるので、速くなる。
下層(深い夢)を起点にすると、それよりも浅い夢、現実は超スローです。
映像処理でもそうなっていたと思います。
仰るとおりです、書き間違えました。現実で遅くなったらカッコ書きの説明と矛盾してますね・・・。修正しました。